豆寄席第51回『AI時代のリベラルアーツとしてのシン・モデリング宣言』開催報告
本稿は、豆寄席第51回の開催報告です。
開催概要
| タイトル | AI時代のリベラルアーツとしてのシン・モデリング宣言 |
| 講演者 | 羽生田 栄一 (株式会社豆蔵 フェロー) |
| 開催日時 | 2026年4月27日(月)18時30分~20時00分 |
| 講演概要 |
モデリング技術を普及啓もうするNPO法人UMTPからシン・モデリング宣言が発表されました。そこでは、AI時代におけるリベラルアーツとしての<よみ・かき・AI・モデリング>が提案されています。今回は、そもそもモデリングとはいかなる行為・活動なのかを突き詰めて考えるとともに、それが生成AI時代の今日あらためて人間側に求められる理由・必然性について解説いたします。世界を<よみ>、人やAIとの対話インタフェースをとおして意図や思いを<かき>、<AI>と対話しながら仮説・生成・検証を行い、それらの活動の全体を<モデリング>をとおして俯瞰・制御・共有することが求められる時代になりつつあります。本講演では「見える化」を超えてAI時代に求められる「モデリング」の位置づけを議論してみたいと思います。 |
講演の流れ
羽生田さんの講演「AI時代のリベラルアーツとしてのシン・モデリング宣言」では、次の流れで解説をいただきました。
- シン・モデリング宣言の理念標語の説明
- シン・モデリング宣言作成のきっかけ
- シン・モデリング宣言の理念標語(よみ・かき・AI・モデリング)の説明 - シン・モデリング宣言の7項目の概要説明と項目間の関係性説明
- 各項目の詳細説明
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シン・モデリング宣言の理念標語の説明
シン・モデリング宣言作成のきっかけ
Modeling Forum 2024に出席いただいた慶応義塾大学の栗田治教授の「これからは文系理系問わず読み書きそろばん、モデル分析が大事」という基調講演内容がシン・モデリング宣言の作成のきっかけです。
参考:https://umtp-japan.org/event-seminar/74970
それをUMTPのモデリング技術の普及啓もう活動に合わせて、「よみ・かき・AI・モデリング」としたものがシン・モデリング宣言の理念標語となりました。
シン・モデリング宣言の理念標語(よみ・かき・AI・モデリング)の説明
シン・モデリング宣言の理念標語は、これからの時代に必要になる基本的な4つのリテラシー(よみ・かき・AI・モデリング)のことを指しています。「よみ・かき」はAI時代において必須となる、人としての言語運用能力のことを指しています。人の気持ち・意図を理解する能力を「よみ」とし、自分の中に持っている気持ち・意図・ビジョンを何かしらの形で具現化して相手に理解してもらう能力を「かき」としています。この2つのリテラシーは仲間や「AI」と対等に会話しながらプロジェクトを進める上で重要となるリテラシーです。「AI」はAI時代、インフラの1つとなるAI時代において、適切にAIを扱う能力のことを指しています。仕事を進める上でAIと対話し、AIの回答を吟味するという基本能力の他に、仕事を進める上でどのフェーズでどのような形でAIを取り込んで仕事を進めるかというAIを活用する能力も含まれます。「モデリング」は「よみ・かき・AI」のリテラシーの基礎となるモデリング能力のことを指しています。つまり、「よみ・かき」をし、「AI」と会話をするための思考の土台としてモデリングを行える能力のことを指しています。
- シン・モデリング宣言の7項目の概要説明と項目間の関係性説明
シン・モデリング宣言は以下7項目の内容で構成されています。
宣言内での①~⑦の各項目の立ち位置を示したものが以下です。 各項目の関係性を表した図が以下です。
①は理念を表す標語であり、AI時代に土台となるリテラシーが何であるかを述べています。
⑦はAI時代に必要なクリティカル思考の啓蒙・推進をUMTPは行っていくという宣言のことを指しており、AI時代に目標とするべき考え方を述べています。
②はモデリングを行うそもそもの目的を表しています。モデリングを行う際はこの目的を意識して行う必要があります。
③はモデリングの作法を表しています。モデルは1回作って終わりではなく、現場で対話を重ねながら徐々に洗練させていくものであることを宣言しています。
④は「モデル」という言葉の定義をしています。理系・文系問わずに様々な分野の人がモデリングを行う際に、そもそもモデルとは何かを悩まないようにするためです。また、モデル表記の選定についても述べられています。UMLなどの特定の表記法(文法)に固執しすぎず、関係者の間で認識が合うこと、思考が深まることを優先して自由に表現するべきということです。
⑤はAI時代においてのモデルの活用手段について述べています。つまり、人間とAIの媒介としてモデルを用いる必要があるということです。また、AI時代に人間が主導権を握るために、どのようにモデルを作成し、どのようにAIと関わるかの考え方が述べられています。
⑥はAIとモデルを使用した開発手法の方針を示しています。具体的には、単純なVibe Coding(自然言語でAIに指示を出しコード生成・実装を丸投げ)をするのではなく、どのようなUXをユーザーに提供するか、どのようなアーキテクチャにするかにフォーカスを当ててモデリングを行い、これをベースにAIとすり合わせながら開発を行う方針を示しています。
- 各項目の詳細説明
②見える化と納得感
モデリングとは、自分たちの意図や目的(ビジョン)を明確に持ちながら、対象領域がどのようになっているか図解や模式化を行うことであり、モデリングの目的は関係者間の納得感を醸成し、ビジョンを明確にすることであると説明いただきました。
モデリングの例として山手線を例に説明いただきました。以下は山手線をモデル化したものですが、何の目的でモデルを作るかにより、適切な図の書き方(モデルの作り方)が異なります。例えば構造を表現したいのか、駅が輪のようにつながっていることを表現したいのか、総駅数の把握もわかりやすくしたいのか、他路線との関係性を表現したいのか等です。例えば右上のモデルは駅の間をあえて等間隔にすることで総駅数の把握がしやすくなっています。
③仮説検証とアジャイル
モデルは1回作って終わりではなく、現場の観察・現場との対話を重ねながら徐々に洗練させていくものであると説明をいただきました。モデルを作っては壊しが気軽にできるのがモデリングの醍醐味です。ソフトウェア開発の世界においてはドメイン駆動設計のユビキタス言語作成の活動とも一致します。現場の声・現場の観察をベースに、概念モデルを基本語彙としてユビキタス言語を作りながら、徐々に実行可能なアーキテクチャを組み立てていく活動の仕方が③の宣言内容と一致しています。
④モデルとは
シン・モデリング宣言におけるモデルの定義は以下の通りです。
今回の定義を導き出すためのワークショップの取り組みについても説明いただきました。
各参加者が自身のモデリングについてのエピソードを持ち寄り、その中で共感性が高い部分を抽象化して「モデル」の定義をするワークショップが行われたとのことです。特筆すべきは、IT業界の常識に捉われないための「用語への揺さぶり」という取り組みです。以下のような他分野での「モデル」の概念を戦わせることで、定義の練り直しが行われました。
・ 絵画:画家が描く絵の「モデル」
・ ファッション:服を着るファッション「モデル」
・ 数学:数学の理論の具体的な実例を、その理論の「モデル」と呼ぶ
modelの原義をベースに、上記IT業界以外での「モデル」の使われ方の意味を説明いただきました。
上記modelの原義をベースにすると、服におけるファッションモデルは様々な体形・体格の人がいる中で「この服はこのように着こなしてほしい」という服のメーカー・デザイナーが設けた基準という意味で使われていると解釈できます。つまり、ファッションモデルはデザインする服を着せて検証する基準物という意味が大もとで、そこからファッションリーダーとしての意味も派生してきたものであると思われます。
工学の世界のモデルと、芸術の世界のモデルの関係性を以下のように説明いただきました。
芸術の分野では基本的にはモデルを参照して作品を作るため、図の青色の枠の活動のみ行います。
一方で、工学の世界ではモデルを作る活動と参照する活動の両方があります。関心領域・業務分野の具体的な事例群をベースにエッセンスを抽出して、人工的な構成物(モデル)を作る活動(図の黄色の枠)がある一方、そのモデルを活用・参照する活動(図の青色の枠)があります。
⑤AIをリードするモデリング
以下の趣旨の内容を説明いただきました。
・ 特定の業務分野において「どのような課題があり、何が求められているのか」という本質的なニーズは、AIには判断できない。そのため、AIが「どのような観点で、何の目的のために」データを収集・活用すべきかという指針については、人間が責任を持って定義する必要がある。
・ また、作り上げられたプロダクトやサービスが、最終的にユーザーの役に立つかどうかを評価できるのは人間だけである。AIの出力が真の価値につながっているかを確認し、ユーザー視点ですり合わせを行うプロセスでは、人間が主導権を握る必要がある。
・ 人間とAIの認識を一致させるための共通言語(媒体)として、「モデル」を活用することが極めて重要である。モデルという共通の設計図を介することで、場当たり的にコードを生成する「Vibe Coding」を防ぐことができる。これにより、大局観を失うことなく、一貫性と品質を保った開発が可能となる。
⑥AI駆動モデルベース開発
作成したモデルをベースに、AIと会話しながら、ぐるぐるモデリングを行っていくという、AI駆動モデルベース開発の考え方をお話しいただきました。
このモデリング活動は特定のプロジェクトだけでなく、組織全体としてモデリング活動を行い、組織全体のビジョンを共有するためにもAI駆動モデルベース開発の考え方は使えるだろうというお話もいただきました。
⑦リベラルアーツとしてのモデリング
AI時代に必要になるクリティカル思考についてお話いただきました。
この思考法をベースに、AI時代に求められるエンジニアの振る舞い方についてもお話いただきました。
当日の様子
羽生田さんの講義中もチャット欄は大盛況でした。チャット欄は、質問なり、羽生田さんの発言に対してのコメントを言ったり、自身の意見を言ったり、その意見に対してのリプライを付けたりしており、盛り上がっておりました。
考えさせられるコメントが多い中、羽生田さんのスライドの「人間はAIの不得意な(目的性・全体性・身体性・責任制・芸能性)で勝負」の内容に対して豆蔵の社員の「芸術性→歌って踊れるエンジニアが求められますね」というコメントが面白かったです。学びを得ようと気を張って受講をしていたため、気持ちが軽くなりました。
講演の最後には質疑応答の時間が設けられ、羽生田さんが参加者の疑問に回答しておりました。
今回得られたこと(所感)
シン・モデリング宣言の4つのリテラシーは全て納得感があり、今後エンジニアとして持つべきものだと感じました。
日々の開発業務でAIエージェントを活用しながら仕事を行っていますが、その際も、「よみ・かき」の基本的な言語能力の大事さを身に染みて強く感じています。羽生田さんの説明にあったように、AIが適したデータを出力するために「どのような観点で、何の目的のために」を人が正確に言語化できる能力が大事だと感じました。
シン・モデリング宣言の「②見える化と納得感」「④モデルとは」は従来からあるモデリングの目的とモデルの定義を再度宣言したものだと感じました。AI時代だからこそ、改めてこれら内容を把握しておくことが大事だと感じました。
特にモデリングの目的については手段と目的が逆転してしまい、図を書くことが目的になってしまうことも多いため、宣言の内容を意識してモデリングしていこうと感じました。
「シン・モデリング宣言」において、特定の表記法(UML/SysML等)に固執せず、関係者間の認識共有や思考の深化を優先すべきとされた点は、AI時代の大きな転換点だと感じました。従来のモデリングでは、標準記法の習得自体に多大なコストがかかり、初心者が「図の意味(本質)」を考える前に「記法の正しさ(文法)」に意識を奪われてしまうという構造的な課題があったと思います。今回の宣言が「どのような記法でも構わない」と敷居を下げたことは、モデリングの門戸を広げる画期的な一歩であったと感じています。
一方で、この内容に対し一つ疑問も浮かびました。「独自の記法でモデルを作成した場合、その意味を改めてAIに説明する必要が生じるため、結局はベースとなる標準記法(UML/SysML)が必要になるのではないか」という点です。この疑問を質疑応答の時間に羽生田さんにぶつけたところ、以下の回答をいただきました。
- 一部の業界では、今後も業界標準記法(UML/SysML等)へ回帰する可能性はある。
- 一方で、AIが膨大なデータから「伝わりやすい書き方」を学習し、逆に人間に対して標準的な表現を提案するようになる。
- 特定のプロジェクトや業界独自のルールをAIが学習することで、非標準的な記法であってもその意図を正確に汲み取れるようになる。
これは、初心者が「いかにしてモデリングを学ぶか」という問いへの新たな回答にもなっていると感じました。
これからは、教科書的な記法を暗記するのではなく、「AIを教師役に見立て、対話を通じてモデルを作り上げ、即座にレビューをもらう」という学習スタイルが主流になるかもしれないと感じました。