一橋大学経営管理研究科 神岡教授 × 住友生命保険相互会社 デジタルオフィサー 岸理事 -DXに求められるスキル・人材育成とは?-

 株式会社豆蔵では、昨年10月27日(水)に『~人が組織を強くする~ 実ビジネスを成功に導くためのDX組織・人材戦略セミナー』と題し、DXを推進し実ビジネスを成功に導くことのできる組織文化と組織内人材の能力開発について、一橋大学経営管理研究科 神岡 太郎教授、ならびに住友生命保険相互会社 理事 デジタルオフィサー 岸 和良様よりご講演いただきました。
本記事は「DXについて、さらに深い学びを得たい」「人材育成について、多角的な視座を得たい」などといったご感想を参加者の方々よりいただいたことで実現した両氏の対談をまとめた記事です。

*DX人材に求められるリスキリング

神岡:多額の予算を掛けてデジタルリテラシーに関する研修を行っている会社が多いですね。「何が変わったのだろう?」と思うところが多く、もちろん無駄ということはないのでしょうが、私自身は懐疑的な立場です。「変わらなくてはいけない」ということは皆考えていますが、「どうアプローチすれば良いのか分からない」という事例が多い印象です。「あるアプリケーションの操作方法が分かれば良い」という視野のものではないと思います。

岸:私もそういった一律の底上げを狙ったような研修には懐疑的な立場です。どんな仕事にも言えることですが、まず大切なことは「目的・目標を基に仕事を作って、その仕事に対してどんな取り組みが必要かを定義すること」だと考えています。そこから「どんなことが足らないのか」「どんな研修が必要なのか」を洗い出し、研修とOJTがシームレスに繋がることが大切ですね。

神岡:OJTに関しては、経験していきながら学んでいくという方法と砂場で研修を行っていくという方法があるかと思いますが、住友生命ではいかがですか?

岸:弊社では両方行っています。保険の新商品を開発する、といったことはDX的な知識も必要なので経験しながら体得していくという要素があるかと思いますが、「お客様の困りごと」をフラットに考えてもらい実践に繋げていく、という砂場の研修も部下には取り組んでもらっています。

神岡:徐々に並走しながら進めていくことはもちろん大切ですが、あるタイミングで「自分で仕事を作る」という意識に変わっていってもらえたら嬉しいですよね。

岸:仰る通りです。「それは私の仕事なのですか?」「そんな知識やノウハウが無いからできません」という声も度々聞こえてくるのですが、「やったことが無いことでも、まずはやってみる」という意識は大切ですね。
 

*DX人材に求められる、要素としてのソフトスキル

神岡:DXをテーマにした対談ではありますが、「人間の感情や気持ち」といった観点は非常に大切だと考えています。

岸:DXが声高に叫ばれて久しくはありますが、メールやメッセージなど、やはり相手の気持ちに沿った文章は大切ですよね。

神岡:もちろん、ハードスキルとしてDXの知識やノウハウを持っておくことは大切ですが、実は昔から変わっていないところもある。

岸:また、日本人に無い要素で非常に大切なものとしては「お互いの感情を確かめ合うこと」だと思います。普段一緒に仕事をしている外国人は「俺たちは最高のパートナーだよな」「~~がいて、すごく助かっている」などと常に感情を確かめ合っている印象があります。彼らは論理性を非常に求めますが、根底の部分で「感情」を大切にしている印象です。

神岡:「人に嫌われないようにすること」「敵を作らないこと」はおさえておく必要があるということですね。

岸:逆説的かもしれませんが、「DX」「デジタル」と言っても、結局、最後は「ハート」が重要になってくるのです。

神岡:人材との関係性で考えると、「DX」には様々な側面があります。1つ目は「テクノロジー」。2つ目は「イノベーション」。最後は「トランスフォーメーション」。新しいことを生み出しても、変わらないといけない。「変わる」ということは非常にエモーショナルなものだと感じます。いくら良いビジネスモデルを作っても、皆が動いてくれるように根回しをしておくことは大切なのですよね。そういった「ソフトスキル」はデジタルが興隆してきている今だからこそ、重要になってきていると思います。
 

*働きがい・生きがいをどう定義していくか

神岡:世界の中で専門人材という観点だけで戦うと、日本は勝てません。例えば、AIの専門人材に関しては当分中国に追いつきそうにはありません。しかしながら、日本には日本人の勤勉性とも繋がっている「働きがい」「生きがい」といった考え方があります。高度経済成長期は社会の方向性が分かりやすかったから、がむしゃらに仕事をすればいい環境だった。ただ、現代はその方向性すら危うい状況。そういった状況の中で「働きがい」「生きがい」をどう定義していくか、という点についてはDXを考える上で非常に重要な観点だと思います。

岸:住友生命の事例ですが、「Vitality」という商品に関する事例があります。日本において長く大きく変わらなかったビジネスモデル「保険」という分野で画期的だった、顧客目線でのサービスであったと思います。従来では「保険のセールスが上手いから評価される・昇進する」といった状況で、社員はこれまでのやり方に慣れきっていました。そんな中で「Vitality」というDX型健康増進保険商品が開発されたことで、お客様が喜んでくれたりSNSでバズったりといったBtoCの醍醐味を社員が感じることができました。そういった醍醐味を感じることで「仕事が楽しい」というモチベーションを社員それぞれが得ることができ、好奇心旺盛な社員が新規事業の開発に参画したり、アイディアが社内から出てきたりといった良い効果がありました。

神岡:「保険」という概念は今まで「病気」や「事故」といった出来事に対してのものでしたが、「困りごと」という顧客からの視点に変えた、という点は画期的でしたよね。今までの経験やノウハウを活かせるような形で、少し違う視点から物事にアプローチしてみる、ということは非常に重要ですね。

岸:ありがとうございます。今までの保険に加えて保険までいかないお客様も対象にするということです。

神岡:「反省は加えるけれども、否定や破壊を目的とはしないこと」こそ、重要です。DXは非連続に変わっていかないといけないですが、過去の否定をするのではなく、反省は加えていかないとならないということですね。

岸:使えるものは残し、使えないものは捨て、新しいものをどんどん取り入れ、古いものと融合する。ノウハウがある人ほど、リスキルすれば武器になると思います。

*人材育成への投資と組織変革の難しさ

神岡:人材育成への投資は今かなりの数の会社が行っていますが、DXの観点で考えると、中間管理職、特に課長層が変われるかどうかが非常に大きなポイントです。

岸:課長層というのは非常に難しい立ち位置です。部長以上は意思決定を下すといった職務のため比較的分かりやすいのですが、課長層がどういったことを考えているのか掴むことが難しい。加えて、現状の仕事で一杯な課長層も多く「なんだか熱くない」と感じるシーンも多いですね。

神岡:課長層がそのような姿勢ですと、部下は「やっぱりダメか」という思いを抱いてしまうのです。そんな中でどうやっていくか、という点においては、現場がより専門的になり、新しいものを生み出していけるように変わっていくことが重要かと思います。それこそがDXだと思います。

岸:結局のところ、一番大切なことは「新しいことを学ぶ」ことだと思いますね。本当は、副業などでも自分でビジネスを立ち上げてみると良いのではと思います。そうすると、すごく自信を持つことができる。自分でモノを作って直接お客様に売ってみる、という経験は代え難いもので「商売とはこういうことなのだな」という感覚を得ることができます。

神岡:副業などで会社の外との付き合いをすることによって、自分の市場価値が見えてくる。そうすると、「自分は何をしようか」という主体的な考え方に変わってくるのです。
 

*DXが進む中での民間企業 ・アカデミックの課題意識

神岡:1人でやっていると出来ることも限られる。資本が付くことによって、より大きなプロジェクトになっていくので、マネタイズの視点を持つことは重要です。

岸:古来型の企業の場合、事業会社が自社の本業以外の部分で他社と組んで何か取り組みを行うということ自体が少ないのでそこには一石を投じていきたいです。事業会社同士のノウハウや価値といった部分を組み合わせることによって、良い効果が有るのではと考えています。

神岡:アカデミックの分野としては、様々な企業の新しい人材を育てるノウハウや知見が集約されている場所が有るとアカデミックを通じて、論文なのか講演なのか形は分からずとも社会に貢献出来る部分が有るのではないだろうかと感じます。「経験を共有する場を作る」ことこそで、DXの更なる発展に繋がると信じています。