豆寄席第49回『スクラムマスターのAI活用を考える 〜透明性・検査・適応 三本柱を強化する実践アプローチ〜』開催報告

戸矢 知織

本稿は、豆寄席第49回の開催報告です。

開催概要

タイトル スクラムマスターのAI活用を考える 〜透明性・検査・適応 三本柱を強化する実践アプローチ〜
講演者 石田 朗大 (株式会社豆蔵 ビジネスソリューション事業部 アジャイルグループ コンサルタント)
開催日時 2026年3月24日(火)18時30分~20時00分
講演概要

開発現場では生成AIの活用が急速に進み、設計や実装、テストなど各工程で開発者の生産性が大きく向上しています。しかし一方で、チームを支援するスクラムマスターの業務や、スクラムのプロセス自体に対するAIの活用は手探り状態の現場も少なくありません。開発者が超高速で日々の開発を進める中、スクラムマスターがこれまでと同じアプローチのままでいては、変化のスピードに対応しきれなくなる可能性があります。

そこで今回の豆寄席では、スクラムの三本柱である「透明性」「検査」「適応」をAIで劇的に強化する、スクラムマスター向けの実践的なアプローチをご紹介します。

チーム状況の可視化や客観的な評価をAIに任せることで、スクラムマスターは「チームの文化醸成」や「複雑な人間関係の調整」といった、人間にしか果たせない本質的な役割に集中できるようになります。AIを強力なパートナーとして迎え入れ、自分たちのスクラムをもう一段上のレベルへ引き上げましょう。

講演の流れ

第一部 AI時代のスクラム
第二部 透明性の強化
第三部 検査・適応の強化
まとめ AI時代のスクラムマスター
エピローグ 非開発エンジニアのAI活用事例

 

前提

コードを書かないスクラムマスターはどうAIを使うか?をテーマに石田さんにお話していただきました。

 

第一部 AI時代のスクラム

スクラムガイド拡張パックで、AIがスクラムを強化する可能性がある項目は4つあります。「経験的プロセス制御」「認知的拡張」「継続的な価値適応」「システム洞察」です。今回の講演では「経験的プロセス制御」にフォーカスしました。「経験的プロセス制御」は、AI駆動の分析により、透明性・検査・適応が改善されることを示した用語です。透明性・検査・適応をAIで強力に支援する実践事例を本講演では紹介しました。

 

第二部 透明性の強化

スクラムにおいて透明性は重要です。現状を正しく観測するには定量的なデータが不可欠ですが、既存ツールでは「欲しい情報を、欲しい角度で」分析できない場面も少なくありません。そこで、石田さんからはAIを「専属エンジニア」として活用する方法の提案がありました。プロダクトコードではなく、チーム内の分析であればAIは気楽に導入しやすいため、スクラムマスターにとってAIは強力なツールになります。

実践例1:Four Keysによる可視化
Four Keysとは、GoogleのDevOps Research and Assessment(DORA)が提唱したソフトウェア開発チームのパフォーマンスを測定する4つの指標です。

  • スピードの指標「デプロイの頻度」「変更のリードタイム」
  • 安定性の指標「変更障害率」「サービス復旧時間」

Four Keysを用いてチーム内でのパフォーマンスに対する体感的な不満を定量的に測定する方法が紹介されました。
方法としては、「Jiraからリードタイムを抽出」「月ごとの障害発生件数をカウントし、デプロイ回数と突き合わせて変更障害率を算出」です。AIを用いてGoogle Apps Script (GAS)を生成し、算出します。結果、体感が事実になり、誰もが納得のいくデータ駆動での意思決定(適応)が自律的に行われるようになったそうです。

実践例2:リリース必達案件の「加速」
こちらはリリースに本当に間に合うのか、という不安に対し、データで着地予測を示す、というアプローチの紹介です。
AIを使用し、Jira APIから取得した数値をAIで可視化し、「今のペースなら〇〇日に完了できる」という客観的な見通しを立てた事例が紹介されました。具体的には、日々の消化ポイント数(実績)をベースに、累積ポイント数をプロット。開発ペースを上げた場合と上げなかった場合の近似直線を引き、この予測データを使用し見通しに使用したそうです。これにより、結果として石田さんのチームでは以下の成果が得られたとのことです。

  • チームの安心感の確保ができた。
  • データに基づいてプロダクトオーナーとのスコープの交渉の材料に使用することができた。


改善のためのツール作成はスクラムマスターの仕事なのか?
石田さんのお話からは、「改善のためのツール作成はスクラムマスターの仕事なのか?」という点が疑問として出てきますが、石田さんの見解としては、チームが自律的に行えれば最善だが、透明性が欠如している段階では、「何を改善すべきか」の事実自体が存在しないため、開発者は動きづらい。スクラムマスターはAIを使ってでもチームが自律的に動く火種を提供することも、スクラムマスターの大切な支援である、ということでした。

 

第三部 検査・適応の強化

AIを使ったレトロスペクティブの検査
検査によって問題に気づき、最速で適応することはスクラムの生命線です。しかし、長期間同じチームで開発していると、「いつものことだから」という無意識の慣れや、「これを言うと角が立つかも」という人間関係の忖度や遠慮といった障壁が発生してしまうことがあります。ここでは、AIを使うことで打破する手法が紹介されました。具体的には、AIにレトロスペクティブの文字起こしデータを与え、事前に定義した評価基準に従い採点し改善点を出してもらう。ただし、評価基準に関しては、AIと壁打ちしながら作成したものなので、適宜自分のプロジェクトに合った評価基準を出すことが重要、とのことです。
この手法の目的は、チームに対して感情を持たないAIを仮想のコーチとして導入し、忖度のない現状(検査結果)を出してもらうことだそうです。AIによる評価をフィードバックすることにより、AIという外部の視点を交えることで、人間同士の感情的な摩擦を避けつつ、建設的な議論が可能になるという点が強調されていました。

実際に実施した結果、どう適応できたか
実際に上記を適用した結果、AIにチームの議論のポジティブさの欠如、アクションの曖昧さを指摘され改善行動を実施したそうです。「いつものことだから」という悪い方向への慣れにもいち早く気が付き軌道修正できるようになったそうです。

今回はレトロスペクティブの例でしたが、今後、デイリースクラムへの適用も検討しているそうです。

 

まとめ AI時代のスクラムマスター

開発者はAIの台頭から、いかにコードを書くかからプロダクトにどう責任を持つかへと、大きな転換点を迎えている。そのため、開発者も変われば当然スクラムマスターも変わる、という前提を踏まえた上で、本質的な課題は、ツールをどう使うか以上に人間としてどう振る舞うか、という点が石田さんからは強調されました。
>The Scrum Master must be human.
>(スクラムマスターは人間でなければならない)
上記はスクラムガイド拡張パックの一文です。これは、チームとの協働や複雑な人間関係の調整といった、人間にしか果たせない役割や責任の重要性を強く示唆しています。AIはスクラムマスターを代替するものではなく、能力を拡張する強力なパートナー。それにより、人間はより本質的な課題解決に注力することができる。これこそが、スクラムガイド拡張パックの「認知的拡張」にあたる、と石田さんからご説明いただきました。

 

所感

AIがスクラムマスターの代替になりうるか、という点について石田さんからは、「スクラムマスターのサポートはできるところはできる。スクラムガイドに書いてあることに対して定義から外れていないかという検証はAIでもできる。ただし、その原則から外れるがやらなければチームの改善に繋がらないようなサポートはAIでは難しい。初歩的なスクラムマスターとしての動きはできるが、エキスパートなスクラムマスターとしての動きはなかなか難しい。」と回答がありました。この点に私も同意で、すべてをAIに任せるのではなく、人がより本質的な課題解決に注力するための「強力なツール」として、私自身も模索を続けていきたいと感じた講演でした。


 

今後の 豆寄席 へのご参加もお待ちしております!