
ジュビロ磐田アカデミーにおける生成AIを活用したコーチングノウハウの蓄積と活用
はじめに
豆蔵の生成AI活用支援の取り組みとして、プロサッカーチーム「ジュビロ磐田」を運営する株式会社ジュビロ様のアカデミーでのコーチングノウハウの蓄積と活用の事例をご紹介します。
アカデミーは、プロリーグで活躍する選手の育成を目的としていますが、経験豊富で実績のあるコーチが持つコーチングノウハウが個人に依存しているという課題がありました。このため、ノウハウの蓄積・共有・活用が効率的に行われていない状況が長年の課題として挙げられていました。
豆蔵は過去にも一橋大学神岡研究室と共同で、生成AIを活用したジュビロ磐田のファン獲得施策の検討を行ってきましたが、本事例では、コーチングノウハウを組織全体の資産として体系化し、クラブ独自の指導法の確立、指導者の継続的な育成、そして選手強化につなげることを目指しています。
支援対象:指導案の作成補助
本事例では、多様なコーチ業務の中から、日々の練習における指導案の作成に焦点を当てました。指導案の作成は、アカデミーの選手育成という目的に大きく寄与する、コーチの重要な日常業務の一つです。指導案は、チーム全体や選手個人の状態を考慮して臨機応変に作成する必要があります。そのため、サッカーのコーチング技術や知識に加え、選手一人一人とのコミュニケーションを通した深い理解を持つコーチの判断が不可欠です。このようにサッカー指導はコーチ個人の知見に基づく判断が重要であるため、形式的な知識として共有することが困難でした。
コーチングノウハウの蓄積と活用
生成AIを活用することで、これまで共有が難しかった指導案作成のノウハウをコーチ間で共有しやすい形式知へと変換し、効果的に活用できるようになります。
生成AIの活用
ノウハウの蓄積方法
指導案作成のノウハウを蓄積・共有する取り組みとして、これまでに作成された指導案を一つのデータベースに保存し、活用のための準備を行いました。指導案には、テキストによる練習内容の説明だけでなく、選手の移動やフォーメーションを図形で説明している部分が多くあります。従来の情報処理技術では、このような抽象的な図形の読み取りには複雑で専門的なプログラムが必要でした。しかし、近年のマルチモーダルAIの高性能化により、図形を正確に自然言語の説明文に変換できるようになりました。例えば、3人一組でボールを回しながらゴールラインからセンターラインまで移動する図形も、適切な説明文に変換できます。この技術を活用して、テキストと図形からなる指導案をデータベース化しました。 これまでテキストや図形として表現されていなかったコーチの考え方や判断基準も、コーチ同士やコーチとAIの対話を通じて、データとして追加可能な形に言語化できる可能性があります。このデータベースは、練習実施時の選手情報や気象情報、また実施後の反省や修正など、その他のデータを追加して拡張することが可能です。今後、様々なデータとの接続・統合・連携を予定しています。
ノウハウの活用方法
生成AIは、データベースに蓄積された指導案データを基に素案を作成し、コーチの意向と要望を反映して「下書き」を作成します。コーチはこの素案を確認し、AIへの追加要望や直接的な修正を加えることができます。生成AIは素案の内容に基づいて図形も作成するため、テキストによる詳細な説明に加えて、図形による直感的な理解が可能になります。これにより蓄積されたデータを実践的に活用できるようになりました。さらに、新規作成した指導案をデータベースに追加することで、継続的な情報のアップデートと改善が可能です。
AWSを用いたウェブアプリケーション開発
本システムは、AWSのクラウドサービスを活用して構築しました。AWSのサービスを組み合わせることで、安全性が高く、拡張性のある構成を実現しています。主要なコンポーネントとして、生成AI基盤のBedrock、アプリケーション構築のAmplify、そしてデータ管理のためのDynamoDBとS3を採用しています。
システムデモンストレーション
図1と図2は、指導案の素案を作成するウェブアプリケーションの入力画面と出力例です。入力画面では、実施したい練習内容やキーワードを入力し、「生成開始」ボタンを押すだけで、素案のテキストと図形が自動生成されます。生成された素案は自由に修正でき、入力内容を変更して再生成することも可能です。生成された内容は図2のように整形され、保存やダウンロードができます。また、従来の指導案と同じフォーマットを採用しているため、作成後は既存の運用フローにそのまま組み込めます。

(図1)指導案作成ウェブアプリケーションの入力画面

(図2)生成された指導案の素案例
ユーザーフィードバック
アカデミーのコーチや監督からは「参考になる」「多様なアイデアを利用できる」といった好意的な評価をいただいています。また、具体的な改善案や追加機能についての要望も寄せられています。
今後の展開計画
今後の展開として、以下の3つの取り組みを予定しています:
- アプリケーションの使いやすさ、分かりやすさ、実用性を向上させるため、アカデミーのコーチや監督からのフィードバックを継続的に反映
- 選手のパフォーマンスデータなどジュビロ様独自のデータを連携し、指導案の質向上と指導効果の分析を実現
- アカデミー以外のカテゴリーへの展開
これらの施策により、ジュビロ様独自の指導メソッドの確立と、より効果的な選手育成プログラムの実現を目指します。
他分野への応用
「ノウハウの共有・継承・活用」は、スポーツ分野に限らず、多くのビジネス分野で喫緊の課題です。これらが適切に行われない場合、事業の持続可能性が脅かされる可能性があります。一方、これらを効果的に実施することで、業務効率化、コミュニケーション改善、イノベーション創出において大きな成果が期待できます。本プロジェクトの手法とアプリケーションは、他分野での暗黙知的なノウハウの蓄積・活用にも応用できる可能性を秘めています。