豆寄席第29回『Running Lean 原著者が登壇!アッシュ・マウリャ氏/来日記念講演豆寄席~イノベーターのギフト』参加レポート

中村 一也

本稿は、豆寄席第29回の開催報告です。

開催概要

タイトル Running Lean 原著者が登壇!アッシュ・マウリャ氏/来日記念講演豆寄席~イノベーターのギフト
講演者 アッシュ・マウリャ氏
2冊のベストセラーである『Running Lean』(オライリー・ジャパン)と『図解リーン・スタートアップ成長戦略』(日経BP)の著者。また、非常に人気の高い1ページのビジネスモデリングツール「リーンキャンバス」の作成者である。
開催日時 2023/08/24 (木) 18時00分~20時00分
講演概要 ほとんどの製品は失敗します。作ろうとしていたものを作れなかったからではなく、間違った製品を作るために時間、お金、労力を無駄にしてしまうからです。 この講演では、アイデアを分解し、解決する価値のある問題を発見し、人々が望むものを作る方法を示す体系的な方法論を学びます。

講演の流れ

2023年7月に、10年以上にわたるベストセラー『Running Lean』の第3版が発売されました。この講演は、本書のアッシュ・マウリャ氏の来日記念講演です。 
本講演では、リーンキャンバス自体より、これを扱う上で核となる考え方に重点を置いて解説いただきました。
本稿では、講演内容や質疑応答の中で特に印象深かった点について、所感を交えながらご紹介したいと思います。
 

The PROBLEM with problems

製品の課題やそのソリューションについて考えるとき、企業側の目線では製品のコンテキストの中だけで考えてしまう、その問題点について事例を交えて解説いただきました。

事例を要約すると、

  • あるドリルメーカーはより収益をあげるためにユーザーの課題について考えた結果、ドリル刃が壊れやすいという課題に着目し、頑丈なドリル刃を開発した。新しいドリル刃はわずかな収益アップにとどまった。
  • 一方、他業種の接着剤メーカーは同じユーザー課題に対して、壁に貼ってはがせる強粘着テープを開発し、大きな収益を上げた。

というものでした。

事例は、経済学者 [セオドア・レビット] の有名な格言『ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく"穴"である』へのオマージュです。

ドリルメーカーは格言どおりユーザーのアウトカムを「壁に穴をあけること」と捉え、その中でユーザー課題を定義し頑丈なドリル刃というソリューションにたどり着きました。しかし、マウリャ氏はこれでは不十分であり、より大きなコンテキストにフォーカスする必要があると指摘しました。
 

Focus on the bigger context

壁の穴自体は望まれるアウトカムではない、というのです。目の前の機能的なアウトカムから「Why(なぜ)?」を問いかけ続けることで、望まれたアウトカムを発見できるとしています。

- 壁に穴をあけるためのドリル
- 壁にフックを固定するための穴
- 壁に絵を掛けるためのフック

この事例で発見された望まれたアウトカムは、「絵を壁に掛ける」ことでした。強粘着テープは「穴をあける」ユースケースではドリル刃と競合しませんが、「絵を壁に掛ける」ユースケースでは(驚異的な)競合製品となります。

ーーこのたとえ話はとても分かりやすく、直観的でした。確かに、自宅の壁に望んで穴をあけることはありません(虫ピンやホチキスですら嫌です!!)。
これを自分の仕事(システム開発・コンサルティング)に置き換えると、ドリル刃の改良ばかり繰り返していないかと考えさせられました。

マウリャ氏はこれを「イノベーターのバイアス」と呼び、アメリカの諺を引用して「ハンマーを作ると、全てが釘に見えてくる」と例えました。
 

Don’t make a better drill bit, Make a better homeowner

納得できる一方で、疑問もありました。実際の業務で、自分や顧客に再現可能なのでしょうか。「望まれたアウトカム」にたどり着けるかは、各人の経験やセンスに依存するのではないでしょうか?

この疑問に対しても、マウリャ氏の解説は答えてくれました。

「より広いコンテキストには、感覚的により良いものが存在する。ここに望まれるアウトカムが存在する」

ドリルの穴を例に挙げ、以下のように説明しました。

- 私は誰かに壁の穴を見せてもらったことはない
- 彼らは穴でなく、それで何をしたかを見せてくれる。これが望まれるアウトカムである

インタビューにて製品を使う理由を問い続けることで、「穴」→「フック」→「絵」とアウトカムが掘り下げられます。そして「絵」の話になったとき顧客は嬉しそうになったり、笑顔になったりするといいます。この反応をボディーランゲージや表情から知れるため、アンケートよりインタビューを好む、と話していました。

(インタビューの手法の詳細は『Running Lean 第3版』8章に記載されています)
 

質疑応答

当日の質疑応答の中で、講演内容に関連が深いもの、個人的に共感したものを抜粋してご紹介します。

Q: 「なぜ?」の先にはユーザへのハッピーや作り手の信念へも行きつく感じなのでしょうか?

A: 見出していきたいのは感情面。つまり幸福や痛み。
- 例えば自動車を移動手段のためだけに買う人はいない。(ステータス / キャラクター)シンボルや性能など、製品を選ぶ動機は様々
- どういった仕事を成し遂げたいのかに着目すると、幅広い既存製品が競合とわかる
 

Q: 既存の事業やサービスに対するイノベーションにもリーンキャンバスは有効ですか? 実際にリーンキャンバスの作成を試みていますが、「課題」よりも自社の「ソリューション」にどうしても意識がいきがちです。

A: 当然ながら既存製品、既存事業にも適用できる
- リーンキャンバス上では既存の自社製品も「既存の代替品」にあたる。ドリルピッチ同様に顧客が直面する課題に着目する(絵を掛けるために壁に穴をあけなくてはいけない→穴あけ不要に置き換えたように)
- 『Running Lean 第3版』での「イノベーターのギフト」を用いるなどして、自分の考え方に「イノベーターのバイアス」がかかていないかテストすることも有効
 

Q: 『Running Lean 第3版』の前の版との一番の違いは?

A: 常に進化する内容となっている。テスト(仮説検証)を重ねて進化する。
- より広いコンテクスト、アウトカム、ジョブにフォーカスしている
- 前の版では顧客の課題を列挙しながらインタビューする「課題インタビュー」を紹介したが、効果的でないとわかったので、最新版では発見のプロセスにフォーカスした
 

後日譚

実はこの講演の翌日、チーム(プロダクトオーナー・開発者)に『Running Lean』での「マフィアオファーのピッチ」を部分的に作成するワークショップを即席で開き、より大きなコンテキスト(競合製品と、開発中の製品の強み・弱み・訴求ポイント)について短時間ながらパワフルなディスカッションに繋がりました。
 

開発者の立場でも触発・実践できる要素も多いので、アジャイルやリーンに関わらず、是非ご一読をおススメします。

今後の 豆寄席 へのご参加もお待ちしております!